マイワシ生息数を読む その4


黒潮で生まれ育った仔魚が変態して稚魚になり、冷たい親潮を北上するお話を前回綴りました。
夏を三陸沖合より遥か北の親潮海域で、餌を食べて成長した未成魚は秋の訪れとともに再び来た道を戻り、暖かい黒潮の影響下にある房総半島沖合で越冬をするため、房総半島外海で纏まった数のマイワシ若魚が水揚げされます。
再び春が訪れた頃、1歳に達したマイワシ未成魚は再び親潮に乗って北上を始め、今度は昨年より更に北へ進みます。
そして夏に入り、北海道道東沖合に到達したマイワシ未成魚は、十分に餌を食べて栄養を付けます。
釧路をはじめ道東の旋網漁船船団はこれらのマイワシを狙い、夏になると一斉に出漁して、一回の操業だけで100トンも漁獲したものでした。
1980年代後半のマイワシ水揚げがピークだった頃は、夏の間だけで100万トンを超したといいます。
春先に10センチだった未成魚は18㎝程の大きさに達しており、再び親潮を南下して暖かい黒潮の海域へ向かいます。
そのときマイワシの体内では、夏に親潮で蓄えた栄養が産卵のために準備が始まり、メスの肝臓では卵黄タンパク質の前駆体が卵巣に運ばれ卵母細胞が形成されます。
親潮を南下したマイワシ魚群の大部分は房総半島沖の黒潮接続域にたどり着きますが、さらに東日本から西へ沿岸を回遊する群れや、黒潮を横切って沖合に向かう群れなど様々な回遊コースが取られます。
そして2月から4月にかけて黒潮の流れの沿岸部や沖合で活発な産卵活動が行われます。
通常、黒潮域で産卵活動が行われるマイワシは2歳から4歳魚が主体で、新たに次世代のマイワシを産み、マイワシ資源の再生が行われるのです。
産卵を終えたマイワシは再び夏は親潮を北上、冬は黒潮で越冬という生活サイクルが形成され、概ね7歳になると寿命を迎えます。
これが日本沿岸に生息するマイワシの資源サイクルです。
1970年代から1980年代後半にかけての間、冬から春にかけて生まれた沢山の0歳魚は順調に生長して1歳魚となり、マイワシ新規資源として加入されていました。
年度によって多少の変動があるものの、マイワシの資源は常に一定の量が維持されており、消費者に向けて安定した供給がなされていたのでした。
さて、1990年代より続くマイワシ大不漁は何が海で起きていたのでしょうか。
その兆候は、マイワシ水揚げが史上最高だった1988年に見られていました。
画像出典元:http://theblack.blog.so-net.ne.jp/2010-05-17

 

マイワシ生息数を読む その3

マイワシ生息数を読む その5

新鮮な鮮魚が手軽に買える、サカマアプリ

blank

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事