
1. はじめに:日本における国内養殖サーモンの台頭
日本では寿司や刺身ネタとしてサーモンが広く消費されており、その多くは輸入に依存してきました 。特に生食用サーモンの需要は高く、ノルウェー産やチリ産のアトランティックサーモンやトラウトサーモンが市場を席巻してきました 。一方で、近年、天然魚の漁獲量が不安定化する傾向も見られ 、安定供給や鮮度への要求の高まりから、国内におけるサーモン養殖の重要性が増しています 。
特筆すべきは、日本国内で「サーモン」として養殖・流通している魚が、アトランティックサーモンに限らず、ギンザケ、ニジマス(トラウトサーモン)、サクラマスなど、多岐にわたる点です 。これは、輸入サーモンによって確立された「生食できる美味しい魚」というイメージを、国内養殖魚にも適用する市場戦略とも考えられます。
さらに、この国内養殖の拡大を背景に、「ご当地サーモン」と呼ばれる地域ブランドのサーモンが日本各地で誕生しています 。報道によれば、そのブランド数は100を超えるともいわれ 、地域経済の活性化や、輸入物との差別化、高付加価値化を図る戦略として注目されています。代表的な例として、宮城県の「みやぎサーモン」、青森県の「海峡サーモン」、長野県の「信州サーモン」などが挙げられます 。
本レポートは、これらの背景を踏まえ、日本国内で養殖されているサーモンの種類、その特徴(味、食感、脂の乗り、色、大きさ等)、主な養殖地域(都道府県)、地域ブランド、養殖方法、旬、そして主な用途について、利用可能な情報に基づき、包括的な概観を提供することを目的とします。
2. 日本の「サーモン」を理解する:国内で養殖される主要な種類
日本の市場における「サーモン」という言葉の使われ方は、生物学的な分類とは必ずしも一致せず、時に混乱を招くことがあります。一般的に、「サーモン」は養殖され、寿司や刺身などの生食に適した魚(ニジマスやギンザケを含む)を指すことが多いのに対し、「鮭(サケ)」は伝統的に、主に焼き物などに用いられる天然のシロザケ(秋鮭)を指す傾向があります 。
この用語の柔軟な使用は、輸入されたアトランティックサーモンやトラウトサーモンによって築かれた「寿司・刺身用サーモン」の人気に乗じたマーケティング戦略と解釈できます 。国内の養殖業者は、自らが生産するニジマスやギンザケなどに対し、伝統的な名称(特定の用途や低い価格帯を連想させる可能性がある)ではなく、市場で人気の高い「サーモン」という呼称を用いることで(例:「みやぎサーモン」「海峡サーモン」)、価値の高い生食市場への参入と消費者の受容を促進していると考えられます 。
以下に、日本国内で主に養殖されているサケ・マス類の主要な種類とその特徴を解説します。
ギンザケ (銀鮭 / Oncorhynchus kisutch)
- 特徴: 体色は銀白色で、黒い斑点が見られることもあります 。脂の乗りが良く、身は柔らかくふっくらとした食感が特徴です 。身色は濃いオレンジ色であることが多いです 。従来は加熱用(お弁当の切り身など)が中心でしたが、養殖技術の向上により、刺身用としての流通も増えています 。価格は比較的安価な傾向にあります 。
- 養殖: 流通しているもののほとんどが養殖です 。宮城県が国内生産量の大部分(85%以上)を占める主要産地であり、「みやぎサーモン」としてブランド化されています 。宮城県南三陸町は日本のギンザケ養殖発祥の地とされています 。その他、岩手県 、新潟県(佐渡サーモン)、鳥取県(境港サーモン)、岩手県久慈市(夏期まで水揚げ可能な北限) などでも養殖されています。
- 旬・用途: 国産の生鮮品の旬は、主に春から初夏(4月~7月頃)です 。焼き物、照り焼き、ステーキ、フライ、そして刺身など、幅広い用途に適しています 。
ニジマス (虹鱒 / Oncorhynchus mykiss / トラウトサーモン)
- 特徴: 本来は淡水魚ですが、海面養殖されたものが「トラウトサーモン」や「○○サーモン」といったブランド名で流通しています 。味は濃厚で風味豊かとされ、アトランティックサーモンに似ているとも言われますが、ブランドや養殖方法によって脂の乗りや風味は異なり、よりあっさりしている場合もあります 。食感は柔らかいことが多いです 。寿司や刺身で広く利用されています 。多様な交配種(ハイブリッド)も開発されています 。
- 養殖: 日本全国で広く養殖されており、海面養殖(例:青森県「海峡サーモン」)、淡水での養殖(例:静岡県「富士山サーモン」、長野県「信州サーモン」、山梨県「甲斐サーモンレッド」)、そして陸上養殖(RASを含む) など、多様な方法が用いられています。主な養殖地域としては、北海道 、青森県、宮城県 、静岡県、長野県、山梨県、福井県(ふくいサーモン)、広島県(広島サーモン) などが挙げられます。多くのご当地サーモンがニジマスをベースとしています。
- 旬・用途: ブランドや養殖地、養殖方法によって異なります。海面養殖(例:海峡サーモン)は春から夏(5月~7月)が旬とされることが多いです 。陸上養殖や交配種では、年間を通じた安定供給を目指すものもあります 。刺身、寿司、焼き物、スモーク、ムニエルなど、非常に用途が広いです 。
サクラマス (桜鱒 / Oncorhynchus masou masou)
- 特徴: 日本固有の種で、天然物は漁獲量が少なく「幻の魚」とも呼ばれます 。サーモン類の中でもトップクラスの味と評価され、繊細で上品な甘みと豊かな旨味、しっとりとした身質が特徴です 。身色は美しいサーモンピンクです 。富山県の「ますのすし」の原料としても知られています 。天然物には寄生虫のリスクがありますが、養殖物は管理された環境と餌で育てられるため、生食が可能です 。
- 養殖: 養殖は難しいとされますが、近年、各地で取り組みが進んでいます 。主な養殖地としては、兵庫県(淡路島サクラマス)、富山県(べっ嬪ぴんさくらますうらら)、北海道 、長崎県 、山形県(ニジマスとの交配種「ニジサクラ」)、岩手県(研究開発)、宮崎県(陸上・海面組み合わせた循環型養殖技術開発) などがあります。河川型のヤマメを飼育し、銀化(スモルト化)させて海水や汽水域で成長させる手法が用いられることもあります 。
- 旬・用途: 旬は主に春(3月~5月頃)で、桜の開花時期と重なることが名前の由来とされています 。養殖物の高い品質と安全性から、主に刺身や寿司などの生食で楽しまれます 。焼き物にも適しています。
アトランティックサーモン (大西洋鮭 / Salmo salar)
- 特徴: 世界的に最も多く養殖されているサーモンです。脂の乗りが非常に良く、とろけるような食感と濃厚な旨味が特徴です 。日本の寿司・刺身用サーモンとしては、輸入物が主流です 。
- 養殖: 日本近海の海水温はアトランティックサーモンの海面養殖には適さないため、従来、国内での大規模な養殖は行われてきませんでした 。しかし、近年、陸上養殖技術(特に閉鎖循環式陸上養殖:RAS)の進展により、国内での生産が可能になりつつあります 。注目すべきプロジェクトとして、静岡県小山町での「FUJI ATLANTIC SALMON」があり、日本初の大規模陸上養殖アトランティックサーモンとして本格販売が開始されています 。富山県入善町も、豊富な地下水を利用したRASによる大規模養殖の候補地となっています 。青森県も海面養殖の適地となり得る可能性が指摘されています 。
- 旬・用途: 国内のRAS生産では、年間を通じた安定供給と、輸入物に勝る鮮度(水揚げ当日配送も可能)が目標とされています 。主な用途は刺身や寿司などの生食です 。焼き物、ムニエル、フライなどにも適しています 。
キングサーモン (マスノスケ / Oncorhynchus tschawytscha)
- 特徴: 太平洋サケ属で最大の種であり、「サーモンの王様」と称されます 。非常に脂が乗っており、濃厚な旨味と、しっかりしながらも柔らかい身質が特徴です 。天然物は北海道や東北地方にも来遊しますが、漁獲量は極めて少なく、非常に高価です 。
- 養殖: 純粋なキングサーモンの養殖は世界的に見ても少なく、日本国内でも商業ベースではほとんど行われていません 。市場に出回るものの多くは輸入品(天然またはニュージーランド、カナダ等での養殖物)です 。しかし、日本独自の取り組みとして、交配種(ハイブリッド)が開発されています。
- 富士の介(ふじのすけ): ニジマスの雌とキングサーモン(マスノスケ)の雄を交配させた山梨県独自の魚種です 。山梨県内でのみ養殖されています 。キングサーモンの持つ優れた食味(豊かな旨味、きめ細かい身質、上品な脂)と、ニジマスの育てやすさを兼ね備えることを目指して開発されました 。輸入品に比べて脂がくどくなく、独特の旨味があると評価されており、高級食材として市場に導入されています 。生食に適しています 。
- 旬・用途: 天然マスノスケの旬は春から初夏です 。「富士の介」は2019年に初出荷され 、より広い期間での供給が期待されます。キングサーモンおよび「富士の介」は、刺身、寿司、焼き物、スモークサーモン、ステーキなどに最適です 。
その他の注目すべき交配種・品種
- 信州サーモン(しんしゅうサーモン): ニジマスの雌とブラウントラウトの雄を交配させた長野県独自の品種です 。長野県内で養殖されています 。卵を持たない三倍体であるため、成熟による品質劣化がなく、年間を通じて安定した品質を提供できます 。きめ細かい身質で、とろけるような舌触りと豊かな風味を持ち、魚臭さが少ないとされています 。生食をはじめ、様々な料理に適しています 。
- 甲斐サーモンレッド(かいサーモンレッド): 山梨県で大型に育てられたニジマスで、山梨県特産のワイン醸造時に出るぶどうの果皮粉末を配合した餌を与え、付加価値と独自性を高めたブランドです 。
- ニジサクラ: 山形県で開発されたニジマスとサクラマスの交配種です 。両者の長所を併せ持ち、全て雌の三倍体で、生食に適しています 。
- その他: 絹姫サーモン(ニジマス×アマゴ/イワナ)、魚沼美雪マス(ニジマス×アメマス)、アルプスサーモン(ニジマス三倍体)、阿寒サーモン(北海道、ニジマス系) など、各地で特色ある品種開発が進められています。
3. 日本のサーモン養殖を巡る地域紀行
日本のサーモン養殖は、北は北海道から南は九州まで、全国的に展開されています 。冷涼な海域、清らかな河川水、豊富な湧水、そして最新の陸上養殖施設など、各地域の多様な環境資源が活用されています。全国で100を超える「ご当地サーモン」ブランドが存在することは 、この地域的多様性を象徴しています。
以下の表は、代表的なご当地サーモンの概要を示したものです。
表1:ご当地サーモン (抜粋)
ブランド名 | 都道府県 | 主要魚種 | 養殖方法(主なもの) | 特徴ハイライト |
---|---|---|---|---|
海峡サーモン | 青森県 | ニジマス | 海面(外海) | 津軽海峡の荒波で育つ |
みやぎサーモン | 宮城県 | ギンザケ | 海面 | 国内ギンザケ生産量日本一、養殖発祥の地 |
信州サーモン | 長野県 | ニジマス × ブラウントラウト(交配種) | 内水面(かけ流し/池) | 三倍体で品質安定、繊細な味 |
富士の介 | 山梨県 | ニジマス × キングサーモン(交配種) | 内水面(かけ流し) | 国内唯一キングサーモンの血を引く、プレミアムな味 |
淡路島サクラマス | 兵庫県 | サクラマス | 海面 | 「幻の魚」を養殖、春限定の繊細な味 |
FUJI ATLANTIC SALMON | 静岡県 | アトランティックサーモン | 陸上(RAS) | 国内初の大規模RASアトランティックサーモン |
べっ嬪ぴんさくらますうらら | 富山県 | サクラマス | 陸上 | 陸上養殖のサクラマス |
ふくいサーモン | 福井県 | ニジマス | 海面/内水面(推測) | 地域ブランドのニジマス |
佐渡サーモン | 新潟県 | ギンザケ | 海面 | 佐渡島産のギンザケ |
境港サーモン | 鳥取県 | ギンザケ | 海面 | 西日本でのギンザケ養殖 |
広島サーモン | 広島県 | ニジマス | 海面/内水面(推測) | 地域ブランドのニジマス |
ニジサクラ | 山形県 | ニジマス × サクラマス(交配種) | 内水面 | ニジマスとサクラマスの特性を併せ持つ新品種 |
甲斐サーモンレッド | 山梨県 | ニジマス | 内水面(かけ流し) | ぶどう果皮配合飼料で育てた大型ニジマス |
阿寒サーモン | 北海道 | ニジマス系 | 内水面(推測) | 北海道のニジマス系ブランド |
富士山サーモン | 静岡県 | ニジマス | 内水面(かけ流し) | 富士山の湧水で育つ |
この表は、ご当地サーモンがいかに日本の地理的多様性と結びついているかを示しています。沿岸地域では海面養殖が(例:宮城県のギンザケ、青森県のニジマス)、内陸県では豊富な淡水資源やRASのような技術、そして交配種の開発が(例:長野県・山梨県の交配種、静岡県のRASアトランティックサーモン)活かされています。これは、地域ごとの条件、技術力、魚種選択、そしてブランド戦略が密接に関連していることを示唆しています。
以下に、主要な地域におけるサーモン養殖の状況をさらに詳しく見ていきます。
- 北海道: 主要な水産地域であり、ニジマス(例:阿寒サーモン)、サクラマスの養殖が行われています 。全国の養殖ギンザケ用種卵(受精卵)の主要供給地としての役割も担っています 。天然のマスノスケ(キングサーモン)も僅かに水揚げされます 。キングサーモンの完全養殖に関する研究も進められています 。
- 東北地方 (青森県、岩手県、宮城県、山形県):
- 青森県: 津軽海峡の厳しい環境で養殖されるニジマス「海峡サーモン」が有名です 。アトランティックサーモンの海面養殖適地となる可能性も指摘されています 。天然マスノスケもわずかに水揚げされます 。
- 岩手県: ギンザケ養殖が行われています 。サクラマス養殖の可能性も探られています 。天然マスノスケの水揚げもあります 。
- 宮城県: 日本のギンザケ養殖の中心地であり、「みやぎサーモン」ブランドで知られ、国内生産量の大部分を占めます 。品質向上に力を入れ、生食市場への展開も進んでいます 。トラウトサーモン(ニジマス)も養殖されています 。
- 山形県: 淡水資源を活用し、ニジマスとサクラマスの交配種「ニジサクラ」の開発・ブランド化を進めています 。
- 中部地方 (新潟県、富山県、長野県、山梨県、静岡県、福井県):
- 新潟県: ギンザケ(佐渡サーモン) や、ニジマスの交配種(魚沼美雪マス) が養殖されています。
- 富山県: 陸上養殖によるサクラマス(べっ嬪ぴんさくらますうらら) が生産されています。大規模RASによるアトランティックサーモン養殖の可能性も検討されています 。
- 長野県: 内陸県でありながら、豊富な淡水資源を活かした養殖が盛んです。特にニジマスとブラウントラウトの交配種「信州サーモン」が有名です 。ニジマス(アルプスサーモン) も養殖されています。
- 山梨県: 長野県と同様に内陸県で、交配種の開発が進んでいます。ニジマスとキングサーモンの交配種「富士の介」 や、大型ニジマス「甲斐サーモンレッド」 が生産されています。良質な淡水を利用しています 。
- 静岡県: 富士山の湧水などを利用したトラウトサーモン(ニジマス)「富士山サーモン」が養殖されています 。日本初の大規模RASアトランティックサーモン養殖場「FUJI ATLANTIC SALMON」の所在地でもあります 。
- 福井県: ニジマス(ふくいサーモン)が養殖されています 。
- 関西地方 (兵庫県): 鳴門海峡の影響を受ける福良湾の独特な環境で養殖される「淡路島サクラマス」が特筆されます 。「白鷺サーモン」(ニジマス)も言及されています 。
- 中国・四国地方 (鳥取県、広島県、香川県、愛媛県):
- 鳥取県: ギンザケ(境港サーモン)が養殖されています 。
- 広島県: ニジマス(広島サーモン)が養殖されています 。
- 香川県・愛媛県: ニジマス(さぬきサーモン、宇和島サーモン)が養殖されています 。
- 九州地方 (長崎県、宮崎県):
- 長崎県: サクラマスの養殖が行われています 。
- 宮崎県: RASや陸上・海面を組み合わせた循環型養殖システムを用いたサクラマスの養殖技術開発・実証が進められています 。
4. 主要養殖魚種と技術革新のスポットライト
国内で養殖される主要なサケ・マス類は、それぞれ独自の市場での位置づけと、それを支える技術的背景を持っています。
ギンザケ:国内養殖の主力
- 市場での存在感: 宮城県が国内生産量の大部分(85%以上)を占め 、日本のギンザケ養殖発祥の地としての歴史を持ちます 。養殖サイクルは通常2年程度です 。
- 価値向上の取り組み: 伝統的には手頃な価格で、加熱加工品(焼き鮭、おにぎりの具など)としてのイメージが強い魚種でした 。しかし近年、餌の管理による品質向上(臭みの低減、脂質の調整)や、活け締め(いけじめ)処理による鮮度保持・品質向上を図ることで、輸入物との差別化を図り、付加価値の高い生鮮・刺身用市場へのシフトが進んでいます 。南三陸町のブランド「銀乃すけ」「伊達のぎん」などはその代表例です 。
- 季節性: 国産の生鮮品は、春から初夏(4月~7月)が主な流通時期となります 。
ニジマス(トラウトサーモン):多様性の象徴
- 環境適応力: 海面(青森)、淡水(長野、山梨、静岡)、そしてRAS と、多様な環境での養殖が可能な点が大きな特徴です。海面養殖されたものは「トラウトサーモン」と呼ばれることが多いです 。
- ブランド戦略の核: 海峡サーモン、信州サーモン、甲斐サーモン、富士山サーモン、ふくいサーモンなど、数多くの成功したご当地サーモンブランドの基盤となっています 。これらのブランドは、地域の水質、特別な飼料、独自の養殖技術などを前面に出して差別化を図っています 。
- 交配種の親として: 信州サーモンや富士の介といった主要な交配種の親としても重要な役割を果たしており、品種改良の基盤となっています 。
サクラマス:貴重な固有種
- 養殖の挑戦と機会: 天然資源が少なく高価なため、「幻の魚」とも呼ばれるこの固有種を養殖する試みは、技術的な難しさがありながらも、その希少価値と優れた食味から注目されています 。ヤマメ(河川残留型)を飼育し、銀化させて海や汽水域で育成するプロセスが含まれることがあります 。
- 味覚プロファイル: 上品で繊細な甘みと旨味、しっとりとした身質は、他のサーモン類とは一線を画すものとして高く評価されています 。
- 地域ごとの取り組み: 淡路島では鳴門海峡に近い福良湾の特殊な海況を活かし 、富山県や宮崎県では陸上施設を活用するなど 、地域特性に応じた養殖開発が進められています。
- 市場ニッチ: 春季限定(3月~5月頃)の高級食材として位置づけられ、特に養殖によって安全性が確保された生食(刺身、寿司)用途で価値を発揮します 。
アトランティックサーモン:国内生産の新境地(RAS)
- 輸入依存の現状: 世界的に養殖が盛んで、日本の生食サーモン市場もノルウェー産やチリ産などの輸入品が大部分を占めています 。
- 国内生産の新技術: RAS技術の導入により、日本の気候的制約(海水温)を克服し、国内でのアトランティックサーモン生産が可能になりました 。静岡県の「FUJI ATLANTIC SALMON」 や富山県での計画 は、この流れを象徴しています。
- 提供価値: 国内RAS生産のアトランティックサーモンは、輸入品に対する優位性として、圧倒的な鮮度(最短で水揚げ当日配送)、輸送に伴うCO2排出量削減による持続可能性、そして管理された環境下での生産(薬剤不使用の可能性など)を打ち出しています 。
交配種(ハイブリッド):特性を追求するイノベーション
- 開発戦略: 異なる魚種の優れた特性を組み合わせることを目的としています。例えば、キングサーモンの味覚的魅力とニジマスの育てやすさを融合させたのが「富士の介」であり 、ブラウントラウトの病気への強さとニジマスの成長の早さを併せ持つのが「信州サーモン」です 。
- 主要な成功例:
- 富士の介(山梨県): キングサーモンの血を引く国内唯一の養殖魚として、きめ細かな身質、上品な脂、豊かな旨味を特徴とし、プレミアム市場をターゲットとしています 。
- 信州サーモン(長野県): ニジマスとブラウントラウトの交配により、病気に強く、とろけるような食感と豊かな風味を実現しました 。
- 不妊化(三倍体)技術の活用: 信州サーモン やニジサクラ など、多くの交配種では三倍体技術が用いられています。これにより魚は生殖能力を持たなくなります。この技術は二つの重要な目的を果たします。第一に、養殖場から逃げ出した魚が野生種と交雑することを防ぎ、生態系への影響を最小限に抑えることができます 。第二に、成熟(産卵準備)に伴うエネルギー消費や肉質の変化(劣化)を防ぐことができるため、より効率的な成長と、年間を通じて安定した高品質な身質を維持することが可能になります 。これは、市場の要求(安定供給、高品質)と環境配慮を両立させる洗練されたアプローチと言えます。
5. 養殖方法:海面から陸上システムまで
日本のサーモン養殖では、立地条件や対象魚種、目指す品質や生産規模に応じて、様々な養殖方法が採用されています。
- 海面生簀(いけす)養殖: ギンザケ(宮城) やニジマス(青森) などで用いられる伝統的な方法です。適切な水温と穏やかな海況を持つ沿岸域が必要となります 。天候や海水温の変動、外部からの病原体や寄生虫(海シラミなど、ただし本資料群では詳細な言及は少ない)の影響を受けやすい側面もあります 。
- 陸上かけ流し式養殖: 河川水や湧水など、豊富な水源を利用して、常に新しい水を供給しながら飼育する方法です 。長野県、山梨県、静岡県など、清浄な淡水資源に恵まれた地域で、ニジマスや交配種の養殖に用いられています 。海面養殖よりは環境制御が可能ですが、大量の取水と排水が必要となります 。
- 閉鎖循環式陸上養殖 (Recirculating Aquaculture Systems: RAS):
- 技術概要: 飼育水を物理的・生物学的にろ過・浄化し、再利用するシステムです。新しい水の補給は蒸発分などに限られ、水の再利用率は99%を超えることもあります 。高度な水処理技術と環境モニタリング・制御システムを伴います 。
- 利点:
- 立地自由度: 海から離れた内陸部や都市近郊でも養殖が可能 。
- 水資源節約: 取水量を大幅に削減 。
- 環境負荷低減: 排水量が少なく、水質汚染のリスクを低減 。
- 環境制御: 水温、水質などを最適に管理し、魚の成長を促進、品質を安定化 。
- 防疫: 外部からの病原体や寄生虫の侵入リスクを低減し、無投薬飼育の可能性も高まる 。
- 安定生産: 自然災害や赤潮などの外部環境の影響を受けにくく、年間を通じた計画生産が可能 。
- トレーサビリティ: 生産履歴の管理が容易 。
- 課題: 高額な初期投資と運転コスト(特に電力消費)、システムの複雑さと故障時のリスク(全滅の可能性)、RAS専用飼料の必要性 などが挙げられます。
- 日本での動向: 持続可能な養殖方法として近年注目度が高まり、特にアトランティックサーモン やサクラマス 、トラウト といった高付加価値魚種での導入が進んでいます。日本の地理的制約(水温など)を克服し、高鮮度・高品質な国産サーモンを供給する切り札として期待されています。RASの普及は、単なる生産技術の更新ではなく、より管理され、持続可能性を意識した、付加価値の高い水産養殖への戦略的な転換を示唆しています。これにより、日本は国内で高価値な生鮮サーモン市場において、輸入品と差別化された、トレーサブルで高品質な(例:無投薬)製品を提供することが可能になります。
6. 日本の養殖サーモンのダイナミックで多様な展望
日本の国内サーモン養殖は、単一の魚種や方法に留まらず、極めて多様でダイナミックな状況にあります。「サーモン」という名称の下で、ギンザケ、ニジマス、サクラマス、そして近年ではアトランティックサーモンやキングサーモンの血を引く交配種まで、多種多様な魚が生産されています。
この背景には、寿司や刺身を中心としたサーモンへの根強い消費者需要、天然資源の変動に対する安定供給の必要性、そして地域経済振興の手段としての「ご当地サーモン」ブランド戦略があります。さらに、RAS(閉鎖循環式陸上養殖)や交配種(ハイブリッド)開発といった技術革新が、従来は困難であった魚種の国内生産や、特定の市場ニーズに応える高品質な製品開発を可能にしています。
特にRASは、立地の制約を克服し、環境負荷を低減し、管理された条件下で高品質な魚を生産できる可能性を秘めており、今後の国内養殖においてますます重要な役割を果たすと考えられます。また、三倍体技術などを活用した交配種の開発は、市場が求める味や食感、そして生産効率や環境適合性を両立させるための重要なアプローチであり続けるでしょう。
今後の展望としては、RAS技術のさらなる普及とコスト低減、新たな交配種の開発、持続可能性やトレーサビリティへの要求の高まりに対応した生産体制の強化、そして依然として大きな市場シェアを持つ輸入品との競争および共存関係の継続が予想されます。国内養殖サーモンは、日本の食料供給の安定化に貢献するとともに、地域ごとの特色を活かした多様な選択肢を消費者に提供し続ける、活気ある産業分野として発展していくことが期待されます。