公設市場に水揚げされたばかりの魚がぎっちり並んでいる光景は圧巻です。
時間になり、市場のダミ声の職員を取り囲むように、仲買人たちが魚を競り落としてゆく威勢のいい光景の傍ら、魚を覗き込むように観察したり、ときには持ち上げてひっくり返している人の姿が見えます。
とても魚を買いつけるような出で立ちでもなければ、狙った魚を必ず競り落とす様な気合も感じられません。
むしろ、競りの邪魔にならない様に小さく目立たないように観察しています。
あれあれ、今にも魚に顔がくっつくほど覗き込んでいますけど、周りの市場関係者は別に気にする訳でもありません。
つぶさに魚を観察している人の目的は、何だと思いますか?
この人たちは放流した魚の実証効果のデータ取りを行っているのです。
県庁の水産部門、または栽培漁業公社の職員が中心になって行っています。
以前、「栽培漁業とは何か」ということを綴りましたが水産資源を保護しつつ、将来にわたって永続的な漁業活動が行えるように、魚を放流して水産資源を「つくり育てる漁業」を、国をはじめとした各地方公共団体が実践しています。
そして主に栽培漁業公社が生産した種苗は県内の沿岸で、魚の生息環境に適した海域で放流します。
放流をしてから数年経過して成魚になった魚がどれだけ水揚げされているのか、放流効果を検証することも大切な「つくり育てる漁業」なのです。
私が勤めていた栽培漁業公社ではマダイとヒラメを県内各所にある数十カ所の漁港付近、または漁港沖合で毎年放流を行っていました。
放流尾数はマダイ85万尾、ヒラメ50万尾という内訳です。
調査方法は水揚げされたマダイとヒラメを見て、放流漁を見つけるのですが毎年数十万尾も放流する魚にいちいちタグやマーカーを付ける様な作業は行っていません。
しかし、天然魚と放流漁の区別は簡単に見分けることができるのです。
マダイの天然魚は片側2つ縦に、両面で4つの鼻孔があるのに対して、放流漁は縦に並んでいる鼻孔が大きくひとつに繋がっています。
ヒラメは裏面が真っ白なものが天然魚、大きな黒点が幾つも付いているものが放流漁です。
いずれも放流漁に起きている体の変化は後天的なもので、未だ解明されていません。
その日の市場に水揚げされた総数と放流漁の尾数が解れば、割合を求めることができます。
県内には数カ所の公設市場があるので、各々の市場に調査員が毎月データを集めてくるのです。
集まったデータを元に県全体、または県内各地域の放流漁の分析を行います。
データ収集の際、可能な限り魚の年齢も調べるので、どの年度に放流した魚ということも判明します。
分析を進めてゆくうちに、放流漁の割合が少ないところは放流尾数が少ないことがわかりますが、やみくもに放流尾数を増やすことはしません。
放流は国費や県費など税金が中心で行っている事業ですから、根拠もなく事業拡大をするのは税金の無駄遣いになってしまいます。
そんな状況のときは、放流尾数を増やすことも選択肢に置きつつ、放流場所の再選定や、海域の魚が生活しやすい場所を探すということをするのです。
逆もまた然りで、放流漁が多いということは元からいる天然魚と競合していることが考えられます。
集まったデータは雄弁に放流効果を語ります。
「つくり育てる漁業」とは、適切で効率的、そして効果のある放流を常に行うようにしなければならないのです。