魚に関することいろいろ

鮨について~鮨はどこから?~


寿司はいつ食べてもおいしいですね。食欲がない時でも、寿司なら食べられるという人も多いのではないでしょうか。

いろんな寿司がありますが、日本ではいつごろから寿司を食べ始めたのか、どんな寿司だったのかを調べてみました。

すしは漢字で書くと「鮨・鮓・寿司(当て字)」と書きますが、中国では2000年前からあった漢字です。

「鮨」のつくりにあたる「旨」には、モノを熟成させるという意味があります。
「鮓」のつくりにあたる意味は、モノを薄くはぐという意味があります。
「寿司」は寿を司るとして縁起がいいものとしてその名が使われているようです。

■鮨の歴史と変遷

鮨の始まりは「なれずし」からでした。東南アジアが起源といわれ、外来の魚の加工法として寿司は発達してきました。

日本では養老二年(718年)「養老律令」のなかに「鮨・鮓」の漢字が記載されています。それらは魚介の漬物とみられるようです。

日本ヘは稲作の伝来とともに中国から伝わりました。魚介類や畜肉(シカやイノシシ)に塩をまぶし、米飯や麦飯の中に長期間漬け込んで乳酸菌の力で乳酸発酵させた発酵食品の一種です。

漬け込まれた魚肉などは微生物の力で、現材料にはなかった栄養素を含み、動物性たんぱく質は、自己分解して旨味に代わります。そしてこの乳酸が保存性を高め美味しく食べることができるのです。

つまり動物性たんぱく質の貯蔵法の一種です。この場合、飯は漬け床であって食用にはなりません。これを日本では「なれずし」と呼んでおり、滋賀県の琵琶湖周辺で作られる「鮒ずし」はなれずしの原型を伝えています。

時代が下って室町時代になると、なれずしは大きな転換期に入ります。「生なれずし」の出現です。「半なれ」とも呼ばれ、これまでのなれずしよりも短い期間で食べられるよう工夫を凝らし、飯に酸味が出る前に魚と一緒に食べるものが出てきたのです。

酸味と塩味がついた飯そのものを楽しむようになったのです。これが今日の押し寿司や箱寿司の原型になりました。

江戸時代に入って、米酢が販売されるようになると、手っ取り早くこの酢を飯に振りかけて酸味を出し、早く食べられるように改良されたのです。

これが今日の握りずしになりました。これのルーツになったのが笹巻や柿の葉寿司です。
明治になって生ものはづけと呼ばれ醤油や酢に浸して味をつけて食べるようになりました。

後にネタは刺身を使って、煮切り醤油を刷毛で塗って食べるようになりました。
寿司職人が客の前で寿司を握り、作ってすぐに口に運べる手軽さと、刺身の美味しさを味わえるようになりました。

こうして現在の多彩な寿司が生まれました。家庭でも独自の工夫を凝らした鮨が作られ、何かのお祝いの日には寿司を食べることが多くなったようです。

全国各地に独特の鮨文化があります。今日ではインターネットによって自宅に居ながら地方の美味しい寿司を食べることができます。

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