若狭の鯖を運ぶ~鯖街道を探る~


鯖街道は福井県の若狭と京を結ぶ片道18里(約72km)の街道の総称です。主に魚介類を京都へ運ぶための物流ルートですが、中でも鯖が多かったため、近年になって鯖街道と呼ばれるようになったのです。

昔は人が歩いて旅をし、同時に物資も運搬していました。鯖街道にはいくつかのルートがあり、それぞれ交通と物資運搬の街道として重要な役割があります。

若狭から京都への道は、急な坂道や峠が多く、歩くだけでも大変だったようです。

若狭では鯖が大量に漁獲されますが、京都では新鮮な魚介類は手に入りません。そのため若狭から届く鯖に人気が集まったようです。

獲れたての鯖に塩を振り、18里の道のりを昼夜を問わず歩き続けて京都に運んだといわれます。この一昼夜の時間が鯖にとってちょうどよい塩加減になっていて、京都の人々に喜ばれたそうです。

小浜は京都の北の港として古くから栄えてきました。日本海から京都へ運ぶ物資は、小浜に陸揚げされ、陸路で京都へ運ばれました。

京都からも京の文化が若狭に持ち帰られ、文化の交流がなされていました。

京都では現在も若狭からの海産物は京都の食文化に生きています。なお、若狭の鯖は兵庫県の篠山にまでも運ばれていたようです。

鯖街道の起源は遡ること1200年~1300年以上前と考えられます。鯖街道は魚介類をはじめ主に海産物が運ばれていましたが、奈良の橿原で出土した木簡には、塩の荷札も多く見つかっており、塩も多く運ばれていたことが分かりました。

近年になって「鯖街道」と呼ばれるようになったようですが、鯖街道はいくつかのルートがありました。その総称として鯖街道と呼ばれるようになったそうです。

小浜と京を結ぶ街道はいくつかの街道がありました。その代表格が若狭街道と周山街道です。

若狭街道は小浜から熊川を経由して近江の国境を超え、朽木を通って京都の出町柳に至る街道です。

小浜から熊川を経由して、滋賀の今津に至る「九里半越え」も歴史のある西近江路につながる街道です。

周山街道は小浜から名田庄の堀越峠を超えて、高尾につながる街道です。国道162号線として、今も京都と小浜を結ぶ重要な道路として使われています。

鯖街道には宿場町が発達しました。若狭から京都へ旅するには、一日では歩ききれません。鯖を運ぶ人たちは昼夜も歩いたかもしれませんが、普通の旅人では歩けません。

必然、宿場が発達します。その一つに熊川宿があります。天正17年(1589年)若狭の領主浅野長政によって開かれた宿場町ですが、交通や軍事的要衝として重要な場所であり、諸役御免の特権が与えられたため、熊川宿は大いに発展しました。同じく朽木にも宿場町が発展しました。

若狭から京都へは熊川宿で一泊したり、朽木宿に投宿することもあったようです。宿場には古い建築物が多数残っており、平成8年に「重要伝統的建築群保存地区」に指定されています。

2015年4月24日に文化庁は、日本遺産の一つとして、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国若狭と鯖街道~」を選んでいます。

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