日本一の水揚げ量を誇る銚子漁港・歴史編


平成27年の水揚げ量日本一を記録したのは、千葉県銚子市の銚子漁港で21万9,261トンを記録しました。
この数字は前年よりも20%減で、主力のイワシ、サンマ、サバの水揚げが例年よりも高い海水温の影響で、かなり少なかったことが挙げられます。
一方、近海まぐろは新市場のオープン効果により水揚げ量が上向きました。
銚子港の水揚げ量日本一という記録は5年連続達成中で、第2位に静岡県・焼津漁港、第3位に北海道・釧路漁港と続きます。
銚子市は関東平野の最東端、千葉県の北東部の太平洋にせり出した所に位置しており、周辺が海であることから温暖な海洋性気候で夏は涼しく、冬は暖かい年間平均気温が15℃の街です。
本州や北海道、四国、九州で一番早く夜が明けることで有名で、元旦や初日の出では多くの人々が犬吠埼にやって来てご来光を拝んでいます。
銚子は漁業以外に醤油製造が盛んで、日本の醤油生産量の3割以上を占めています。
漁業の基地、銚子漁港は利根川の河口付近にあります。
昔より銚子では漁業が盛んでしたが、利根川河口付近は底に岩があり水深が浅く、干潮時と満潮時の潮の流れが速く、一年中強い風が吹き荒むことで三角波が発生する海域で「日本三大海難」のひとつにあげられていました。
遭難者が千人を超える状況に、町民や漁師から安心して漁ができる安全な漁港を造ってほしいという強い要望が上がります。
大正時代になると、銚子醤油株式会社(現・ヒゲタ醤油)社長の濱口吉兵衛氏が千葉県水産株式会社社長に就任し、国と県に安全な漁港を設置するように活動を始めます。
国と県が付近周辺を調査して、海底の大きな岩をダイナマイトで発破して水深を深くすることを試みますが、潮の流れが更に急激になってしまのでした。
濱口氏は銚子の漁民の安全を確保するため、そして国にこの実情を知ってもらうため国会議員になることを決意します。
選挙で当選した濱口氏は、千葉県会議員の小野田周斎氏と共に銚子港改修工事の必要性を国に訴え続け、遂にこの改修案が国会で可決されたのでした。
1925年(大正14年)に改修工事が始まり、1932年(昭和7年)に完成します。
第2次世界大戦では漁港施設が消失する被害を受けますが、戦後になると施設の復旧して3つの大型卸売市場を整備します。
以降現在に至るまで80年間、地元漁船や北は北海道から南は沖縄まで沖合漁船の拠点基地港として発展を続けています。
画像出典元:http://blog.goo.ne.jp/yone022465/e/8f9e5b1731aa6dc2b93f61e46d42eeb6

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